はじめに
今年もゴールデンウィークがやってきた。普段は計画しづらい長期間の大型山行も、この休暇なら気兼ねなく決行できる。
というわけで、5/2(土)から5/5(火)にかけて3泊4日で飯豊連峰を縦走してきた。
大スケールの稜線を満喫できただけでなく、複数のトラブルが立ちはだかるも全て捌き切った学びの多い山行になったので、その様子を記録する。
全4日の内訳はこんな感じ。このエントリでは1日目と2日目を記録し、後半は次に回す予定。
- 1日目:公共交通とタクシーで川入登山口まで移動、御沢野営場で宿泊
- 2日目:最長行動日。三国岳・飯豊本山・御西岳・北股岳を縦走して門内小屋で宿泊
- 3日目:前線通過に伴う暴風雨で行動を断念。門内小屋で停滞
- 4日目:昼にかけて天候が回復。朳差岳を経由して大石ダムへ下山
飯豊山とは
飯豊山(いいでさん)とは、山形県・新潟県・福島県の3県境界に位置する標高2105mの山。
飯豊山の前後に伸びる稜線は広大な山域を形成しており、この山域全体を指して飯豊山地や飯豊連峰と呼ばれる。
飯豊山と書いていいでさんと読むのはかなり不自然だが、この山を漢字の一般的な読み通りに「いいとよさん」と呼ぶ地域もあるらしい。どちらの呼称が最初にあったのかは確かではない。
そのような山名の変遷が起こるほどにこの山の歴史は長く、江戸時代以前からの古い山岳信仰の舞台となってきた。山頂には現在でも飯豊山神社があり、伝統的な登拝道である川入登山口からのルート上には草履塚、御前坂など、当時を思わせる地名がいくつか残っている。
ちなみに、三国岳から飯豊本山にかけての細長い領域は福島県の領域となっている。本来は山形・新潟県境の位置にある飯豊本山だが、飯豊山神社の帰属をめぐる争いの結果ユニークな県境が誕生した。
地理的な特色としては、まず偽高山帯に属することが挙げられる。標高からすれば本来は亜高山帯針葉樹林になるはずの稜線は笹原や低木で覆われ、さながら森林限界を超えたかのような眺めを呈する。
東西で非対称の山稜も目立つ。冬季の西からの季節風によって西面の雪は吹き払われ、多量の積雪が溜まった東面が大きく浸食されることで偏りが生じる。
東北日本海側の山なので当然積雪量は尋常ではなく、GWであってもまだまだ本格的な雪山である。それを踏まえて登山計画を立てた。
登山計画
時間はたっぷりとれる。せっかくなので主稜線を大きくなぞる縦走ルートを選択した。

福島県側の川入登山口から入山、三国岳→飯豊本山→御西岳→北股岳→地神山→朳差岳と主要なピークを越えたのち、新潟県側の大石ダムに下山するという飯豊連峰フルコースだ。
深い山域だけあってアクセスも一筋縄ではいかない。川入登山口への公共交通がないため、JR山都駅からタクシーで移動することに。それも踏まえて当初の計画は以下のようになった。
- 1日目:公共交通とタクシーで11時ごろに川入登山口着。三国小屋まで登って宿泊
- 2日目:三国小屋から頼母木小屋まで縦走。大日岳への往復も挟む
- 3日目:頼母木小屋から朳差岳を通って大石ダムへ下山
ただし、3日目には前線が列島を通過し、東北や北海道で暴風雨となる予報が出されていた。小屋で停滞する可能性も視野に入れ、食糧や燃料は余分に積み込んで出発した。
1日目:強風で遅延!波乱の移動日
公共交通機関の悲哀
さて初日。東北新幹線で郡山駅へ進出したところまでは順調だったのだが、そこからが問題だった。
磐越西線の郡山~会津若松区間が強風で運転を見合わせていたのだ。
8:30ごろには幸い始発便が出発してくれたのだが、あろうことか途中の磐梯熱海駅で進行を断念、郡山駅へ引き返し始めた。だったら最初から出発しないでくれよ...と思いつつ、郡山から会津若松への移動は高速バスに切り替えた。
会津若松から山都への電車は本数が少なく、この時点で大幅なタイムロスが確定。初日に三国小屋まで登るのは無理そうなので、麓の御沢野営場での宿泊に計画を修正。
幸先は良くないが、会津若松の待ち時間でダブルソースカツ丼を食べて気分を一新する。焦らずマイペースで行くべし。



波乱を乗り越え山都駅へ着いた頃には14:30。ここからさらにタクシーを呼び、川入登山口へ到着したのは15時となった。

御沢野営場へ
飯豊山の古くからの表登山口である川入は、現代ではすっかり寂れた様子。集まって立つ民家には人が住んでおらず、一部は取り壊されたまま残骸が積まれている始末。なるほど路線バスが運行していないのは当然だ。

とはいえ、御沢野営場へ向かう道の舗装はしっかりしている。ちょうど前日の10時から通れるようになったばかりの林道を歩き、今日の宿泊地へ到着した。
www.city.kitakata.fukushima.jp

ワゴン車は1台停めてあるが、登山中なのか野営場には誰もいない。広い空間を選び放題でテントを設営。

水場では蛇口を捻ると豊富に水が取れたが、要煮沸とのこと。
持ち込みの水分は3.5L用意していたが、これは山での行動用に温存したい。翌朝までの生活用水を煮沸で用意した。
宿泊地が三国小屋から御沢野営場に後退した分、明日の行動は頑張る必要がありそうだ。早朝から全力で動くべく早めに眠りにつくのだった。
2日目:大縦走、本山を越えて
三国岳へ一直線
翌朝、張り切って3時前に起床。
雪山でのテント泊を一度経験すると、夏山のテント撤収は手袋の煩わしさがなく、片付けるものも少ない。なんて楽なんだ。
ささっと荷物を積み込んで3時半には出発した。
なお、就寝時には私の1張だけだったはずのテントが増えていてびっくりした。どうやら夜にやってきた前泊者がいるようだ。

川入登山口から三国岳にかけては標高差1100mを一気に駆け上がるため、登り始めてすぐに急勾配が立ちはだかる。前半は積雪こそないが朝からなかなかの高負荷。
一気に心拍数が上がってくるが、たっぷり寝たばかりで元気は有り余っている。下十五里、中十五里、上十五里とチェックポイントを突破していくごとに夜が明けていった。



春を迎えた山には花々もささやかに咲き始めている。


上十五里を過ぎてしばらくすると雪渓が出現。登山道は固く締まった残雪に覆われ始めた。

傾斜も相変わらず強いのでアイゼンを装着して歩みを続けると、行く先の稜線が視界に入る。残雪と山肌のコントラストが印象的だ。

この登山道は三国岳と地蔵山を結ぶ稜線に乗り上げることで縦走路に合流するが、合流点の手前に水場があるとのこと。
残雪が多い状況なので期待はせずに寄ってみたが、案の定厚い雪渓に阻まれて立ち入るのは危険そうだった。流れは見えていたので、もう少し融雪が進めば使えるようになりそうだ。



稜線に乗ってから三国岳にかけては一転して雪が消失。鎖場も交えた険しい岩場が出現した。アイゼンをいちいち外すのも時間のロスなので、爪を慎重に岩に引っ掛けつつ乗り越えていく。
刃の摩耗が速まってしまうので、鋭さの維持を考えるならこまめに脱着した方が良いのかもしれないが...


岩場をクリアし、6:30ごろに三国岳へ到着した。
山頂には三国小屋が。飯豊連峰の山小屋に共通する特徴として冬季用の二階出入口が備えてある。中は綺麗でよく整備されている様子。無人避難小屋でこそあるが頼りになる拠点だ。


始まる縦走
さて、今日の行程はまだまだ続く。ここで休まずにさっそく主稜線縦走へ突入。

クレバスに落ちないよう気を使いながら豊かな起伏を越えていくと、ついに飯豊山らしい広大な稜線に辿り着く!

行く先にはどっしりと構えた飯豊本山も姿を見せ、周囲に広がるのは一面の雪原。突如別世界に放り込まれたかのような景色の変化に、自然と厳粛な心持になる。信仰されるのも納得いく山容だ。


雪原をひたすらにアイゼンで登り詰めていると、草履塚でパーティとすれ違う。この山行で出会ったパーティは4日間通してたったの3組、思えば貴重な出会いだった。
話を聞くところでは、飯豊本山の前後ではほとんど雪がなくアイゼンは不要とのこと。強風地帯のため、そもそも雪が積もらない区間のようだ。ありがたくツボ足に切り替えた。
草履塚からは飯豊連峰の最高峰、大日岳も姿を見せる。こちらのピークも本山に負けず劣らずの存在感を放っているが、信仰の中心とならなかったのは主稜線から外れた位置に座しているためだろうか。
かつては山頂への道がなかったそうだが、現在では御西岳から連なる稜線に加え、麓の実川口から直登する登山道も開かれている。





既に獲得標高は1500mを超え、残雪のミックスによる難しい道のりも影響してかなりのバテ気味。雄大な稜線に精神面を支えながら必死に足を動かすと本山小屋に辿り着く。山頂はもう少し!
本山小屋の一階は雪で覆われて扉が開かない。梯子を伝って冬季用出入口で二階に入り、ようやく休息をとる。


かろうじて補充したエネルギーを振り絞って本山へ登頂!

なだらかに両肩を広げる稜線は御西岳を越えて大日岳へ連なっていく。本山の近くでは露出している夏道は次第に雪に閉ざされ、真っ白な雪原へ変わっていく様子がありありと見える。雪が風速の分布を可視化しているようだ。

稜線上の最高点には達したが、ここからもアップダウンは多く気は抜けない。起伏が豊かで一つ一つのピークが独立峰のように際立っているという山域の特徴は南アルプスを想起させる。
まずは下り基調の緩傾斜をたどって御西岳へ。



御西岳は主稜線から大日岳へ向かう分岐点となるピークだ。
なだらかな山頂には御西小屋が立っているが、冬季に一階の扉を閉め忘れた不届き者がいるようで雪が内部に入り込み、開閉できなくなっている様子。いちおう二階から入れないことはないだろうが...

大日岳を踏むならここで寄り道することになるわけだが、今回は1日目の遅れ&3日目の悪天候予報という2つの問題によって寄り道のリスクが増している。御西小屋から大石ダムへの下山は一日では不可能なうえ、一階に雪が吹き溜まった御西小屋で悪天候の停滞日を過ごさなければならなくなる可能性もある。
主稜線踏破という第一目標の達成を確実にするため、大日岳はスルーして可能な限り進出距離を稼ぐことに決めた。目指すは梅花皮小屋を越えたさらにその先、門内小屋だ。

御西岳からはコースタイムにして3時間の長い稜線が続いたのち、登り返しの先に標高2000m超えの烏帽子岳・梅花皮岳が連なる。
この稜線もやはり非対称山稜が明瞭で面白い。



左には北股岳も


既に足は売り切れているが、気合と意地で登り続けて梅花皮岳を突破。辿り着いた梅花皮小屋で再びの休息をとる。
小屋がところどころに設けられているのは本当にありがたい。

勢いのままに今日の行程最後の大ピーク、北股岳も踏破。



門内小屋で宿泊
幾多の起伏を越えて15時、ようやく宿泊地の門内小屋へ到着したのだった。


疲労困憊ではあるが、長時間行動で消費した水を補給する必要がある。
水場はないので、バーナーで雪を解かして作る。飲用の煮沸水を3L、煮炊き用の融雪水を2Lほど作ったところ、持ち込んだ250gガス缶2本のうち1本をほとんど使いきる。停滞も想定して2本持ち込んだのは賢明な判断だったようだ。

幸い小屋からは電波が通じたので更新された天気予報を確認したところ、やはり明日は前線通過による暴風雨の警報が出されている。しかも、午後からは西高東低の気圧配置によって寒気が流れ込み、急速に気温が低下するとのことだ。
小屋で停滞することになりそうだが、今日の疲れを癒す意味ではかえって良いかもしれない。備え付けられたアルミマットをありがたく使わせてもらいつつ眠りにつくのだった。
つづく
後半、我慢の停滞と下山編へつづく。