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はじめに
飯豊連峰縦走3泊4日の後半、3日目&4日目の記録。
我慢の停滞日をやり過ごし、朳差岳で縦走を締め括って下山へ向かう!
3日目:我慢の停滞日
最長の行動日を終えて疲労困憊で眠りについた翌朝。天気予報こそ暴風雨を示しているが、実際の空模様を見ないことには分からない。行動できる可能性も踏まえて朝4時に起床した。
しかしながら、小屋は轟轟と吹き付ける風で軋み、窓には絶え間なく雨粒が流れる。

行動が完全に不可能なほどの風速ではないが、おそらくバランスを頻繁に崩されて体力消費も行動時間も嵩むだろう。そんな中で午後の気温低下に巻き込まれたら低体温症のリスクも生じる。
幸い、明日には前線が遠くに去って天気は回復する予報だ。この日は大人しく小屋で停滞することにしたのだった。
そうと決まれば、あとは体力を回復しつつゆっくりと時間を過ごすのみ。二度寝を決め込み、空がすっかり明るくなってからのそのそと起き出す。
こんな時のために持ち歩いているkindleや、電波が通じるため使えるスマホ、隅々まで眺めると新しい発見がある山と高原地図など、退屈を紛らわす手段には事欠かなかった。
食料も燃料も予備が十分にあるので焦りはないのだが、唯一の懸念点は午後からの気温低下。予報では氷点下になるとのことで、3シーズン用のシュラフであるダウンハガー800#3では寒さを防ぎきるには力不足かも。
小屋が貸し切り状態であることをありがたく利用させてもらい、小屋内にインナーテントを設営。その中にアルミマットを敷き、シュラフカバーも装備。
自分自身も、持ち込んだ長袖衣類をレインウェアも含めて着込むことで防寒体制を確立した。

徹底した準備のおかげで寒さに目が覚めることもなく、ぬくぬくと昨日の疲れを癒しながら夜が更けていくのだった。
4日目:晴れやかな締め括り
夜が深まるにつれて、窓に打ち付ける水滴の音は収まっていった。天気が回復したのではない。雨が吹雪に変わっていたのだ。
翌朝、外の様子を確認すべくドアノブに手を掛けるも、ノブが回らない。見事に凍結している。
では二階の冬季用出入口はどうかというと、こちらは外からの鍵がかかっていて開けようがなかった。二階出入口をあらかじめ確認しておかなかったのはかなり痛いミスなので大反省。
天候回復と気温上昇を待てば出られるだろうけれど、行動時間が大幅に削られてしまうことになる。朝食や片付けは進めつつも、扉の結合部にお湯をかけて融解を促した。
力いっぱい引いてみること数度目、ようやく扉が開いた。

改めて外を確認すると、昨日とは打って変わってのホワイトアウト。一晩にして冬景色へと変貌を遂げていた。


天候は、霧こそ立ち込めているが風は弱く、雪も雨も現在は降っていない。前線は過ぎ去った後で、あとは回復していく一方だと思われた。
手袋は薄手のものしか持参していなかったが、気温は0℃前後といったところなのでかじかまずにやり過ごせそう。
小屋内でアイゼンを装着して準備を済ませ、6時ごろに小屋を出発した。


積雪でコンディションは移り変わっているが、2日目に門内小屋まで進出していたおかげで必要な獲得標高はそれほど大きくない。緩やかな起伏を越えて胎内岳・地神山・頼母木山と進んでいく。




頼母木小屋へ挨拶しながら入ってみると、2人組のパーティが休んでいた。
私と同様、昨日の暴風雨をやり過ごすために停滞していたそう。おそらくこの日、東北や北海道の山小屋の多くでこのような状況が発生していたのではなかろうか。
お互いの無事の下山を祈りつつ、縦走最後の主要ピークである朳差岳(えぶりさしだけ)へ向けて歩みを再開した。
鉾立峰を越えて山頂へ向けたスパートをかけているところ、ついに霧が吹き払われて視界が開ける!




低木は霜を纏って銀色に輝き、雪と草原に新たな三色目が加わっている。
一日を我慢して停滞し、霧の中を歩んできたことも全て報われるすばらしい景色に感動もひとしお。
朳差小屋での休憩も挟みつつ、意気揚々と朳差岳へ登頂した。



朳差岳から見下ろす朳差小屋や稜線の景色は、飯豊連峰を象徴するかのようなおおらかな眺め。昨夜吹雪いていたとはとても思えない。

朳差岳を越えた先にはピラミダルな前朳差岳。その先は権内尾根が続き、大石ダムへと繋がっていく。

前朳差岳から振り返った朳差岳もまた美しい。たおやかな山容と豊かな雪渓に見送られ、稜線縦走を締め括って下山へ移った。

大石ダムは新潟県側の登山口であり標高は140m、福島県側よりも低い登山口であるため、権内尾根の標高差は相当に大きい。
ところどころに登山道を覆う雪渓も混じり、下山は注意を要する長期戦となった。




標高847mのカモスノ頭をターニングポイントとして、道は尾根を外れて東へ方向転換。急下りを経て林道へと合流することで登山道は終わった。
尾根を下り切ってから林道へ合流するまでの区間も気は抜けなかった。橋を渡って東俣川の対岸に移動した後、激しく痩せたトラバース道が襲い来る。
もう一度橋が訪れ、東俣川を渡り直したところでようやく一息付けた。



大石ダムへ続く林道は、2022年の豪雨で崩壊して以降完全な修復がされていないらしく林道の体をなしていないようだった。人が徒歩で通行するには問題ないのだが、車が通れない崩落箇所が無数に連なっている。
とはいえ道は道。ありがたく辿らせてもらい、14時を回るころに無事大石ダムへ下山した。





大石ダムからはタクシーを利用して関川村へ。道の駅関川には幸いなことに温泉施設ゆ~むが付属していたので、4日間で溜まった汚れを洗い流してから東京へ帰還するのだった。
GWの真っただ中ではあったが、自由席で乗った特急にかほ・上越新幹線のどちらでも座る席を確保できたのは僥倖だった。
反省と教訓
- 門内小屋で2階出入口が使えるか確認しなかったのは反省。積雪や凍結が予想されるならやるべし。
- 4日目、朳差岳へ向かう最中に左足のアイゼンが外れ、それにしばらく歩いてから気付く。幸い100mほど戻るだけで発見できたが、危うく紛失しかけた。事前にパカパカと緩んだ感覚はあったので、それに気づいた時点で付け直すべきだった。ワンタッチアイゼンだろうと外れるときは外れるのだ。
総括
残雪期の難しいコンディションの中、十分な装備と現地の判断であらゆる問題を捌き切り、無事に飯豊を楽しみ切った会心の山行だった!


























































































































































































































