思念の滝壺

山に登る。

飯豊連峰縦走3泊4日 ②門内小屋停滞~朳差岳縦走~大石ダム下山

前半の記録はこちら:

trthff.hatenablog.com

 

はじめに

飯豊連峰縦走3泊4日の後半、3日目&4日目の記録。

我慢の停滞日をやり過ごし、朳差岳で縦走を締め括って下山へ向かう!

 

 

3日目:我慢の停滞日

最長の行動日を終えて疲労困憊で眠りについた翌朝。天気予報こそ暴風雨を示しているが、実際の空模様を見ないことには分からない。行動できる可能性も踏まえて朝4時に起床した。

 

しかしながら、小屋は轟轟と吹き付ける風で軋み、窓には絶え間なく雨粒が流れる。

前線直撃、暴風雨

行動が完全に不可能なほどの風速ではないが、おそらくバランスを頻繁に崩されて体力消費も行動時間も嵩むだろう。そんな中で午後の気温低下に巻き込まれたら低体温症のリスクも生じる。

 

幸い、明日には前線が遠くに去って天気は回復する予報だ。この日は大人しく小屋で停滞することにしたのだった。

 

そうと決まれば、あとは体力を回復しつつゆっくりと時間を過ごすのみ。二度寝を決め込み、空がすっかり明るくなってからのそのそと起き出す。

 

こんな時のために持ち歩いているkindleや、電波が通じるため使えるスマホ、隅々まで眺めると新しい発見がある山と高原地図など、退屈を紛らわす手段には事欠かなかった。

 

食料も燃料も予備が十分にあるので焦りはないのだが、唯一の懸念点は午後からの気温低下。予報では氷点下になるとのことで、3シーズン用のシュラフであるダウンハガー800#3では寒さを防ぎきるには力不足かも。

小屋が貸し切り状態であることをありがたく利用させてもらい、小屋内にインナーテントを設営。その中にアルミマットを敷き、シュラフカバーも装備。

自分自身も、持ち込んだ長袖衣類をレインウェアも含めて着込むことで防寒体制を確立した。

小屋内にテント。冷気の対流を防げる

徹底した準備のおかげで寒さに目が覚めることもなく、ぬくぬくと昨日の疲れを癒しながら夜が更けていくのだった。

 

4日目:晴れやかな締め括り

夜が深まるにつれて、窓に打ち付ける水滴の音は収まっていった。天気が回復したのではない。雨が吹雪に変わっていたのだ。

 

翌朝、外の様子を確認すべくドアノブに手を掛けるも、ノブが回らない。見事に凍結している。

では二階の冬季用出入口はどうかというと、こちらは外からの鍵がかかっていて開けようがなかった。二階出入口をあらかじめ確認しておかなかったのはかなり痛いミスなので大反省。

 

天候回復と気温上昇を待てば出られるだろうけれど、行動時間が大幅に削られてしまうことになる。朝食や片付けは進めつつも、扉の結合部にお湯をかけて融解を促した。

 

力いっぱい引いてみること数度目、ようやく扉が開いた。

ようやく開いた扉

 

改めて外を確認すると、昨日とは打って変わってのホワイトアウト。一晩にして冬景色へと変貌を遂げていた。

before (前日)

after

天候は、霧こそ立ち込めているが風は弱く、雪も雨も現在は降っていない。前線は過ぎ去った後で、あとは回復していく一方だと思われた。

 

手袋は薄手のものしか持参していなかったが、気温は0℃前後といったところなのでかじかまずにやり過ごせそう。

 

小屋内でアイゼンを装着して準備を済ませ、6時ごろに小屋を出発した。

真っ白な稜線

 

積雪でコンディションは移り変わっているが、2日目に門内小屋まで進出していたおかげで必要な獲得標高はそれほど大きくない。緩やかな起伏を越えて胎内岳・地神山・頼母木山と進んでいく。

胎内山

地神山...のはず

頼母木山

頼母木小屋

頼母木小屋へ挨拶しながら入ってみると、2人組のパーティが休んでいた。

私と同様、昨日の暴風雨をやり過ごすために停滞していたそう。おそらくこの日、東北や北海道の山小屋の多くでこのような状況が発生していたのではなかろうか。

お互いの無事の下山を祈りつつ、縦走最後の主要ピークである朳差岳(えぶりさしだけ)へ向けて歩みを再開した。

 

鉾立峰を越えて山頂へ向けたスパートをかけているところ、ついに霧が吹き払われて視界が開ける!

 

稜線が姿を現す

鉾立峰を振り返る

 


低木は霜を纏って銀色に輝き、雪と草原に新たな三色目が加わっている。

一日を我慢して停滞し、霧の中を歩んできたことも全て報われるすばらしい景色に感動もひとしお。

 

朳差小屋での休憩も挟みつつ、意気揚々と朳差岳へ登頂した。

朳差小屋

朳差岳

 

朳差岳から見下ろす朳差小屋や稜線の景色は、飯豊連峰を象徴するかのようなおおらかな眺め。昨夜吹雪いていたとはとても思えない。



朳差岳を越えた先にはピラミダルな前朳差岳。その先は権内尾根が続き、大石ダムへと繋がっていく。

前朳差岳

前朳差岳から振り返った朳差岳もまた美しい。たおやかな山容と豊かな雪渓に見送られ、稜線縦走を締め括って下山へ移った。

朳差岳



大石ダムは新潟県側の登山口であり標高は140m、福島県側よりも低い登山口であるため、権内尾根の標高差は相当に大きい。

ところどころに登山道を覆う雪渓も混じり、下山は注意を要する長期戦となった。

どんどん下る

夏道の割合が増えていく

新緑のブナ林


標高847mのカモスノ頭をターニングポイントとして、道は尾根を外れて東へ方向転換。急下りを経て林道へと合流することで登山道は終わった。

 

尾根を下り切ってから林道へ合流するまでの区間も気は抜けなかった。橋を渡って東俣川の対岸に移動した後、激しく痩せたトラバース道が襲い来る。

もう一度橋が訪れ、東俣川を渡り直したところでようやく一息付けた。

橋を渡って終わりと思いきや

猛烈トラバースが続く

もう一度渡って林道へ

 

大石ダムへ続く林道は、2022年の豪雨で崩壊して以降完全な修復がされていないらしく林道の体をなしていないようだった。人が徒歩で通行するには問題ないのだが、車が通れない崩落箇所が無数に連なっている。

とはいえ道は道。ありがたく辿らせてもらい、14時を回るころに無事大石ダムへ下山した。

沢との交差点がたいていこんな感じ

派手に崩落

 

ゲート

大石ダム

放水中

大石ダムからはタクシーを利用して関川村へ。道の駅関川には幸いなことに温泉施設ゆ~むが付属していたので、4日間で溜まった汚れを洗い流してから東京へ帰還するのだった。

 

GWの真っただ中ではあったが、自由席で乗った特急にかほ・上越新幹線のどちらでも座る席を確保できたのは僥倖だった。

 

反省と教訓

  • 門内小屋で2階出入口が使えるか確認しなかったのは反省。積雪や凍結が予想されるならやるべし。
  • 4日目、朳差岳へ向かう最中に左足のアイゼンが外れ、それにしばらく歩いてから気付く。幸い100mほど戻るだけで発見できたが、危うく紛失しかけた。事前にパカパカと緩んだ感覚はあったので、それに気づいた時点で付け直すべきだった。ワンタッチアイゼンだろうと外れるときは外れるのだ。

 

総括

残雪期の難しいコンディションの中、十分な装備と現地の判断であらゆる問題を捌き切り、無事に飯豊を楽しみ切った会心の山行だった!

飯豊連峰縦走3泊4日 ①川入登山口~門内小屋

はじめに

今年もゴールデンウィークがやってきた。普段は計画しづらい長期間の大型山行も、この休暇なら気兼ねなく決行できる。

 

というわけで、5/2(土)から5/5(火)にかけて3泊4日で飯豊連峰を縦走してきた。

大スケールの稜線を満喫できただけでなく、複数のトラブルが立ちはだかるも全て捌き切った学びの多い山行になったので、その様子を記録する。

 

全4日の内訳はこんな感じ。このエントリでは1日目と2日目を記録し、後半は次に回す予定。

  • 1日目:公共交通とタクシーで川入登山口まで移動、御沢野営場で宿泊
  • 2日目:最長行動日。三国岳・飯豊本山・御西岳・北股岳を縦走して門内小屋で宿泊
  • 3日目:前線通過に伴う暴風雨で行動を断念。門内小屋で停滞
  • 4日目:昼にかけて天候が回復。朳差岳を経由して大石ダムへ下山

 

 

飯豊山とは

飯豊山(いいでさん)とは、山形県・新潟県・福島県の3県境界に位置する標高2105mの山。

飯豊山の前後に伸びる稜線は広大な山域を形成しており、この山域全体を指して飯豊山地や飯豊連峰と呼ばれる。

 

飯豊山と書いていいでさんと読むのはかなり不自然だが、この山を漢字の一般的な読み通りに「いいとよさん」と呼ぶ地域もあるらしい。どちらの呼称が最初にあったのかは確かではない。

そのような山名の変遷が起こるほどにこの山の歴史は長く、江戸時代以前からの古い山岳信仰の舞台となってきた。山頂には現在でも飯豊山神社があり、伝統的な登拝道である川入登山口からのルート上には草履塚、御前坂など、当時を思わせる地名がいくつか残っている。

 

ちなみに、三国岳から飯豊本山にかけての細長い領域は福島県の領域となっている。本来は山形・新潟県境の位置にある飯豊本山だが、飯豊山神社の帰属をめぐる争いの結果ユニークな県境が誕生した。

 

 

地理的な特色としては、まず偽高山帯に属することが挙げられる。標高からすれば本来は亜高山帯針葉樹林になるはずの稜線は笹原や低木で覆われ、さながら森林限界を超えたかのような眺めを呈する。

東西で非対称の山稜も目立つ。冬季の西からの季節風によって西面の雪は吹き払われ、多量の積雪が溜まった東面が大きく浸食されることで偏りが生じる。

 

東北日本海側の山なので当然積雪量は尋常ではなく、GWであってもまだまだ本格的な雪山である。それを踏まえて登山計画を立てた。

 

登山計画

時間はたっぷりとれる。せっかくなので主稜線を大きくなぞる縦走ルートを選択した。

ルート図

福島県側の川入登山口から入山、三国岳→飯豊本山→御西岳→北股岳→地神山→朳差岳と主要なピークを越えたのち、新潟県側の大石ダムに下山するという飯豊連峰フルコースだ。

 

深い山域だけあってアクセスも一筋縄ではいかない。川入登山口への公共交通がないため、JR山都駅からタクシーで移動することに。それも踏まえて当初の計画は以下のようになった。

  • 1日目:公共交通とタクシーで11時ごろに川入登山口着。三国小屋まで登って宿泊
  • 2日目:三国小屋から頼母木小屋まで縦走。大日岳への往復も挟む
  • 3日目:頼母木小屋から朳差岳を通って大石ダムへ下山

 

ただし、3日目には前線が列島を通過し、東北や北海道で暴風雨となる予報が出されていた。小屋で停滞する可能性も視野に入れ、食糧や燃料は余分に積み込んで出発した。

 

1日目:強風で遅延!波乱の移動日

公共交通機関の悲哀

さて初日。東北新幹線で郡山駅へ進出したところまでは順調だったのだが、そこからが問題だった。

磐越西線の郡山~会津若松区間が強風で運転を見合わせていたのだ。

 

8:30ごろには幸い始発便が出発してくれたのだが、あろうことか途中の磐梯熱海駅で進行を断念、郡山駅へ引き返し始めた。だったら最初から出発しないでくれよ...と思いつつ、郡山から会津若松への移動は高速バスに切り替えた。

 

会津若松から山都への電車は本数が少なく、この時点で大幅なタイムロスが確定。初日に三国小屋まで登るのは無理そうなので、麓の御沢野営場での宿泊に計画を修正

 

幸先は良くないが、会津若松の待ち時間でダブルソースカツ丼を食べて気分を一新する。焦らずマイペースで行くべし。

 

磐越西線13:38、ようやく山都駅へ

山都駅

波乱を乗り越え山都駅へ着いた頃には14:30。ここからさらにタクシーを呼び、川入登山口へ到着したのは15時となった。

川入の林道終点。手前で左折して登山口へ

御沢野営場へ

飯豊山の古くからの表登山口である川入は、現代ではすっかり寂れた様子。集まって立つ民家には人が住んでおらず、一部は取り壊されたまま残骸が積まれている始末。なるほど路線バスが運行していないのは当然だ。

 

とはいえ、御沢野営場へ向かう道の舗装はしっかりしている。ちょうど前日の10時から通れるようになったばかりの林道を歩き、今日の宿泊地へ到着した。

www.city.kitakata.fukushima.jp

 

御沢野営場

 

ワゴン車は1台停めてあるが、登山中なのか野営場には誰もいない。広い空間を選び放題でテントを設営。

ポツンと1張、己の幕営

水場では蛇口を捻ると豊富に水が取れたが、要煮沸とのこと。

持ち込みの水分は3.5L用意していたが、これは山での行動用に温存したい。翌朝までの生活用水を煮沸で用意した。

 

宿泊地が三国小屋から御沢野営場に後退した分、明日の行動は頑張る必要がありそうだ。早朝から全力で動くべく早めに眠りにつくのだった。

 

 

2日目:大縦走、本山を越えて

三国岳へ一直線

翌朝、張り切って3時前に起床。

雪山でのテント泊を一度経験すると、夏山のテント撤収は手袋の煩わしさがなく、片付けるものも少ない。なんて楽なんだ。

ささっと荷物を積み込んで3時半には出発した。

 

なお、就寝時には私の1張だけだったはずのテントが増えていてびっくりした。どうやら夜にやってきた前泊者がいるようだ。

 

早朝に出発

川入登山口から三国岳にかけては標高差1100mを一気に駆け上がるため、登り始めてすぐに急勾配が立ちはだかる。前半は積雪こそないが朝からなかなかの高負荷。

 

一気に心拍数が上がってくるが、たっぷり寝たばかりで元気は有り余っている。下十五里、中十五里、上十五里とチェックポイントを突破していくごとに夜が明けていった。

下十五里

中十五里

上十五里

春を迎えた山には花々もささやかに咲き始めている。

イワウチワ

ショウジョウバカマ

 

上十五里を過ぎてしばらくすると雪渓が出現。登山道は固く締まった残雪に覆われ始めた。

 

傾斜も相変わらず強いのでアイゼンを装着して歩みを続けると、行く先の稜線が視界に入る。残雪と山肌のコントラストが印象的だ。

残雪の稜線

この登山道は三国岳と地蔵山を結ぶ稜線に乗り上げることで縦走路に合流するが、合流点の手前に水場があるとのこと。

残雪が多い状況なので期待はせずに寄ってみたが、案の定厚い雪渓に阻まれて立ち入るのは危険そうだった。流れは見えていたので、もう少し融雪が進めば使えるようになりそうだ。

まだ使えない地蔵水場

鮮烈なゼブラ模様

振り返って

 

稜線に乗ってから三国岳にかけては一転して雪が消失。鎖場も交えた険しい岩場が出現した。アイゼンをいちいち外すのも時間のロスなので、爪を慎重に岩に引っ掛けつつ乗り越えていく。

刃の摩耗が速まってしまうので、鋭さの維持を考えるならこまめに脱着した方が良いのかもしれないが...

 

岩場をクリアし、6:30ごろに三国岳へ到着した。

 

山頂には三国小屋が。飯豊連峰の山小屋に共通する特徴として冬季用の二階出入口が備えてある。中は綺麗でよく整備されている様子。無人避難小屋でこそあるが頼りになる拠点だ。

三国小屋

小奇麗な室内

始まる縦走

さて、今日の行程はまだまだ続く。ここで休まずにさっそく主稜線縦走へ突入。

始まる縦走

クレバスに落ちないよう気を使いながら豊かな起伏を越えていくと、ついに飯豊山らしい広大な稜線に辿り着く!

 

行く先にはどっしりと構えた飯豊本山も姿を見せ、周囲に広がるのは一面の雪原。突如別世界に放り込まれたかのような景色の変化に、自然と厳粛な心持になる。信仰されるのも納得いく山容だ。

 

雪原をひたすらにアイゼンで登り詰めていると、草履塚でパーティとすれ違う。この山行で出会ったパーティは4日間通してたったの3組、思えば貴重な出会いだった。

話を聞くところでは、飯豊本山の前後ではほとんど雪がなくアイゼンは不要とのこと。強風地帯のため、そもそも雪が積もらない区間のようだ。ありがたくツボ足に切り替えた。

 

草履塚からは飯豊連峰の最高峰、大日岳も姿を見せる。こちらのピークも本山に負けず劣らずの存在感を放っているが、信仰の中心とならなかったのは主稜線から外れた位置に座しているためだろうか。

かつては山頂への道がなかったそうだが、現在では御西岳から連なる稜線に加え、麓の実川口から直登する登山道も開かれている。

草履塚から見た大日岳

 

山頂へ向かう道は無雪

東面に偏った積雪が特徴的

 

 

既に獲得標高は1500mを超え、残雪のミックスによる難しい道のりも影響してかなりのバテ気味。雄大な稜線に精神面を支えながら必死に足を動かすと本山小屋に辿り着く。山頂はもう少し!

本山小屋の一階は雪で覆われて扉が開かない。梯子を伝って冬季用出入口で二階に入り、ようやく休息をとる。

本山小屋


かろうじて補充したエネルギーを振り絞って本山へ登頂!

飯豊本山

なだらかに両肩を広げる稜線は御西岳を越えて大日岳へ連なっていく。本山の近くでは露出している夏道は次第に雪に閉ざされ、真っ白な雪原へ変わっていく様子がありありと見える。雪が風速の分布を可視化しているようだ。

 

稜線上の最高点には達したが、ここからもアップダウンは多く気は抜けない。起伏が豊かで一つ一つのピークが独立峰のように際立っているという山域の特徴は南アルプスを想起させる。

 

まずは下り基調の緩傾斜をたどって御西岳へ。

御西岳へ

 

本山を振り返って

御西岳は主稜線から大日岳へ向かう分岐点となるピークだ。

なだらかな山頂には御西小屋が立っているが、冬季に一階の扉を閉め忘れた不届き者がいるようで雪が内部に入り込み、開閉できなくなっている様子。いちおう二階から入れないことはないだろうが...

一階の使えない御西小屋

 

大日岳を踏むならここで寄り道することになるわけだが、今回は1日目の遅れ&3日目の悪天候予報という2つの問題によって寄り道のリスクが増している。御西小屋から大石ダムへの下山は一日では不可能なうえ、一階に雪が吹き溜まった御西小屋で悪天候の停滞日を過ごさなければならなくなる可能性もある。

主稜線踏破という第一目標の達成を確実にするため、大日岳はスルーして可能な限り進出距離を稼ぐことに決めた。目指すは梅花皮小屋を越えたさらにその先、門内小屋だ。

 

大日岳は眺めて楽しもう

御西岳からはコースタイムにして3時間の長い稜線が続いたのち、登り返しの先に標高2000m超えの烏帽子岳・梅花皮岳が連なる。

この稜線もやはり非対称山稜が明瞭で面白い。

 

雪面の凹凸は雹だろうか

烏帽子岳・梅花皮岳
左には北股岳も

北から望む大日岳

本山・大日岳パノラマ

既に足は売り切れているが、気合と意地で登り続けて梅花皮岳を突破。辿り着いた梅花皮小屋で再びの休息をとる。

小屋がところどころに設けられているのは本当にありがたい。

梅花皮小屋

勢いのままに今日の行程最後の大ピーク、北股岳も踏破。

北股岳

門内岳から振り返る北股岳

小ぶりなピークの門内岳

門内小屋で宿泊

幾多の起伏を越えて15時、ようやく宿泊地の門内小屋へ到着したのだった。

門内小屋

貸し切り状態の室内

疲労困憊ではあるが、長時間行動で消費した水を補給する必要がある。

水場はないので、バーナーで雪を解かして作る。飲用の煮沸水を3L、煮炊き用の融雪水を2Lほど作ったところ、持ち込んだ250gガス缶2本のうち1本をほとんど使いきる。停滞も想定して2本持ち込んだのは賢明な判断だったようだ。

せっせと水作り

幸い小屋からは電波が通じたので更新された天気予報を確認したところ、やはり明日は前線通過による暴風雨の警報が出されている。しかも、午後からは西高東低の気圧配置によって寒気が流れ込み、急速に気温が低下するとのことだ。

小屋で停滞することになりそうだが、今日の疲れを癒す意味ではかえって良いかもしれない。備え付けられたアルミマットをありがたく使わせてもらいつつ眠りにつくのだった。

 

つづく

後半、我慢の停滞と下山編へつづく。

残雪期の越後駒ヶ岳へ

はじめに

4/12(日)に残雪期を迎えた越後駒ヶ岳へ登ってきた。

 

奥只見山荘での宿泊を楽しみつつ、締まった雪と快晴の中楽しく登れた登山になったのでその様子を記録する。

 

 

越後駒ヶ岳とは

越後駒ヶ岳は魚沼地方に位置する標高2003mの山。

全国に数ある「駒ヶ岳」一族の一員で、区別のために越後駒ヶ岳または魚沼駒ヶ岳と呼ばれることが多い。

 

間近に聳える中ノ岳(2085m)、八海山(1778m)と合わせて「越後三山」と称され、地域のシンボルとして親しまれている。

 

登山ルートは主に3つあり、

  • 西の魚沼市街から水無川沿いに登るルート
  • 北の駒ノ湯温泉から登るルート
  • 東の銀山平から登るルート

この時期は国道352号の冬季通行止めが続いており、駒ノ湯温泉からのルートは使用できない。必然的に東か西から登ることになる。

 

登山計画

今回は東の銀山平から登ることにした。

越後駒ヶ岳は標高差もコースタイムもいかつい山なので早朝からスタートしたいのだが、銀山平へアクセスできる唯一の道路、奥只見シルバーラインはこの時期夜間通行止めになってしまう。(午後6時~翌日午前6時)

 

必然的に現地での前泊を考えることになるが、幸いなことに銀山平温泉の宿が既に営業を始めている。今回はその中から奥只見山荘を選んでで前泊することにしたのだった。

www.okutadami.jp

 

奥只見山荘で前泊した後は早朝に出発、石抱橋を渡って北ノ又川沿いに遡行した後、道雪山・小倉山の稜線を辿って駒ヶ岳を目指すことになる。

当日のルート

 

余談なのだが、実は越後駒ヶ岳、去年の11月にも同じルートで挑んで撤退している。

直前に大量に雪が降り、猛ラッセルに加えて大量の低木に道を阻まれ、小倉山を越えてしばらくのところでタイムリミットを迎えて断念したのだった。

 

今回の山行はそのリベンジという意味合いもある。さあ出発。

 

山行録

奥只見山荘で楽しく前泊

レンタカーで奥只見シルバーラインを延々と走り、道がよく除雪された銀山平温泉へ。

奥只見山荘へ到着したのは17時ごろになった。

 

案内してもらったのはきれいな和室。

 

北ノ又川沿いに駒ヶ岳を遠望できるビューもとても良い。

 

カメムシだけやたら多かったが、日本海側豪雪地かつ山奥なので雪解けの時期に大量発生するのは仕方がないだろう。

山形出身で実家に毎年カメムシが湧きまくっていた身として親近感を覚えつつ、睡眠の平穏を守るために駆除。ちなみにこいつらは方言で「ヘクサンボ」と呼ばれている。この呼称が、その匂いがいかに我々の平穏を脅かすものなのかを物語っている。

 

そして楽しみにしていた夕食はとってもおいしかった。

ニジマスのスモーク、ホタルイカと筍のグラタン、etc

岩魚(食べかけ)
まるごといける

もち豚のロースト
ポテトサラダはふきのとうのアクセントを感じる

 

地元の食材を使いつつ丁寧に料理されているのが伝わってきて幸福感のある時間だった。これに八海山はじめとする新潟の地酒を合わせられるのだからもう最高。

 

夕食以外にも、温泉にもまったり浸かれたし翌日の朝食代わりにつけてもらったおにぎりも大変美味しかった。

前泊することを選んで本当に良かった!登山と同等かそれ以上の予想外の今回の収穫。奥只見山荘、すばらしい宿なのでおすすめしていきたい。

 

いざ越後駒ヶ岳へ

十分に英気を養ったところで、翌日は4時に起床。そそくさと準備を済ませて登山へと踏み出した。

石抱橋を越えて

石抱橋から先は車両通行止め。数百メートルほどは除雪された道が続くが、そこから先は1mを越える分厚さの雪に覆われている。

 

雪はよく締まっており、ツボ足でも問題なく受け止めてくれる。サクサクと歩いて北ノ又川沿いを遡行していった。

 

もう4月、夏至まで2カ月と考えるとやはり空が明るくなるのが早い。あっという間に日の出が訪れた。


川を挟んで対岸に見える荒沢岳の雄々しい山容が格好良い。

荒沢岳

周囲が明るくなるのに合わせて気分も上がってきたところで、道行山へ連なる尾根へ取り付く。ここから本格的な上りが始まった。

 

上りが始まってからも雪質はほとんど変わらず、全くズボらないので非常に歩きやすい。傾斜が増してきたところでアイゼンを装着したが、ストックやピッケルは持たず手ぶらで気楽に登る。

 

道行山への道程でスキーを背負った二人組を追い越す。同じ前泊・早朝出発組のようだ。これだけ締まった雪だとスキーの強みが活かせなさそうという勝手なイメージがあるのだが、こういうコンディションでも滑走は楽しめるものなのだろうか。

 

締まった雪を踏みしめる

 

残雪には所々に亀裂が入り始めていて、完全に夏道が出現している区間もあった。亀裂はかなり深い箇所もあるので落下には注意が必要。

雪が後退し始めている

美しい朝

露出した夏道を行く

 

登り詰めた道行山は厚い雪に覆われたまっさらな雪原。ここから山頂にかけ、ずっと広々とした雪原が続いていた。

 

去年あれほど低木が立ちはだかった道のりは何だったのか。低木のすべてを雪で覆い隠すほどの豪雪は新潟の面目躍如といったところか。

やはり雪山は、コンディションによって難易度が天と地ほども違うことを改めて実感する。

 

青空に映える荒沢岳は雪と岩肌が交互に顔を出して迫力がある。

 

そして小倉山を通過するころ、行く手に本日のゴール越後駒ヶ岳が顔を見せる。やっぱりこの山は格好良い。どっしりと構えて悠々と尾根を伸ばすその姿は越後を代表するにふさわしいと思う。

 

 

小倉山を過ぎて少し進んだ箇所、ここが前回の撤退点だ。すっかり雪に覆われ、今回は拍子抜けするほどあっさりと通り過ぎた。

 

巨大な亀裂もところどころに見かける。今回は登山に際して支障はなかったが、雪解けが進むほどに注意は必要になるだろう。

 

駒の小屋直下の上りがこのルートの核心部、斜度は最大になる。幸いアイゼンはよく効いたのでピッケルもストックも必要なく、アイゼンワークには気を遣いつつ駒の小屋へ到着した。

スノーシューなどが刺さっており、中を確認してはいないが前日からの利用者がいたようだ。

駒の小屋

8:00 登頂

ここまでたどり着いてしまえばあとは危険な急傾斜はない。ゲレンデのごときまっさらな雪原を上り詰めて登頂!

向こうには八海山

 

山頂はやや風が強く、日差しの強さの割に意外と冷気が身に染みる。ハードシェルを着込みつつ、奥只見山荘でもらったおにぎりを食べつつ周囲の景色を眺めていた。

おにぎりおいしい

南の稜線を辿った先には中ノ岳。越後三山の一角であり、駒ヶ岳とは対照的にスリムですらっとした山容が特徴的。

中ノ岳

八海山は駒ヶ岳などよりも標高が低め・ふもとの平野から直接立ち上がっているなどもありやや雪が少なめ。山容の険しさも相まって雪と岩のまだら模様。

八海山

北にはいくつか独立峰が立ち上がる様子が見える。ここから北に見える名峰といえば浅草岳・守門岳だろうか。

左が守門岳、右が浅草岳かな

そして中ノ岳のやや左、南東には尾瀬の山々も遠望できた。

左のギザギザしてるのが燧ヶ岳、中央の平たいピークが平ヶ岳

 

 

残雪期の日本海側は改めて登りがいがあるなあと思う。大量に積もった雪も締まって登りやすいし、それでいてこんな白銀のパノラマを味わえるわけだから。

 

大満足で下山へ移った。

いざ下山

 

膝をついた拍子にザック脇に付けていたペットボトルが滑り落ちていき紛失するというインシデントはありつつも、身体は無事に下山した。

ちなみに、途中で十数人の登山者とスキーヤーにすれ違った。当日朝に奥只見シルバーラインが開通してから入山した組もそれなりにおり、残雪期の駒ヶ岳は人気のようだ。

 

ありがとう駒ヶ岳

 

下山後は白銀の湯で温泉に浸かる。無色透明・ほぼ無臭のすっきりとした温泉で、駒ヶ岳や中ノ岳が見える露天風呂がすばらしい。

 

宿も登山も満喫しきり、大満足で晴れやかに帰還するのだった。

2026板橋Cityマラソンを完走した感想

 

2026板橋Cityマラソンに出走した

3/15(日)、板橋マラソンで走ってきた。種目はフルマラソン。

i-c-m.jp

会場へ向かう列

当日は快晴、風も弱く半袖短パンで問題ない気温。絶好のマラソン日和に恵まれた。

 

そして無事完走!

楽しく走り切れたことをまずは喜びたい。また、大会を支えてくださったスタッフの方々、コースそばで応援してくれた方々へ心からの感謝を。

完走の証

 

そしてタイムのほどは...

じゃん
  • グロスタイム(号砲からゲート通過まで): 3時間16分10秒
  • ネットタイム(ゲート通過からゲート通過まで): 3時間13分35秒

3時間15分切りを達成!

 

前回出走したフルマラソン、横浜マラソン2024のタイム3時間35分05秒と比較すると、およそ20分ほど速くなったことになる。やったぜ。

 

取り組みの振り返り

普段の生活

普段は休日に登山ばかりしているので、マラソンに主眼を置いたスピードトレーニングやロング走の類はあまり行わなかった。ただし、長距離を歩く/走るための基礎体力づけとして6km走と12km走を1日ごとに行うことは習慣づけており、これは間接的にマラソンのためのトレーニングにもなっている。

 

最近は雪山登山やウェイトをザックに詰めた歩荷トレーニングのような負荷の大きい登山を頻繁にやっているので、これも体力に寄与している気がする。

 

カーボローディング

前回の横浜マラソン2024では、35km以降に急激に失速してしまったことが大きな反省点だった。筋疲労にはまだ余裕があり、息が切れているわけでもないのに全く足が動かなくなるのだ。

これはマラソンランナーの間で「30kmの壁」と呼ばれる、事前に蓄積された筋グリコーゲンを使い果たしてエネルギーが枯渇することで起きる現象だった。登山でいうところのシャリバテ。

 

今回はこの対策としてカーボローディングを取り入れてみた。

3日前から運動量を抑えて食事を高糖質食 (糖質のカロリー割合>70%) に切り替え、筋肉に最大限のグリコーゲンを蓄積させた状態で当日に臨むという手法だ。グリコーゲンが水とともに体内に蓄積されるため体重は1-2kg程度増えるが、序盤に多少体が重くなってもペースを最後まで持続できることの方が大事と考えた。

 

レース当日朝

マラソンは9時に開始するということで当日は5時半に起床。

消化の良い高糖質の朝食としておにぎり3個・バナナ2本・オレンジジュースをとった。また、会場で着替えを終えた8時ごろにはinゼリーエネルギー1個を追加で摂取。

血糖値を維持した状態で出走した。

 

レース中

カーボローディングにも限界はあるはずで、結局のところ走行中の食事は必要だ。

幸い板橋マラソンでは補給所が充実していたので、正念場となる35kmに血糖値を維持できるよう積極的に糖分を補給した。

  • 25kmごろ、バナナ1本
  • 30kmごろ、おにぎり1個
    • 小さくて寿司酢が効いた不思議なおにぎりだった
  • 35kmごろ、チョコレート何個か摑み取り
    • 個包装で食べるのに手間取った。隣にバナナがあったのでそちらの方がよかったかも

 

取り組みの結果

これらの取り組みの結果、今回は失速を全く感じることがなかった

30kmを越えたあたりで筋疲労は感じ始めたが、普段の登山と同程度のレベルなのでシャリバテさえなければ問題なし。

35kmからはむしろペースを上げて最後まで走り切ることができたのだった。

 

カーボローディングと現地糖質補給はこれからも取り入れていこうとしみじみ感じたレースだった。

 

 

次に目指すなら...サブ3か...!?

 

赤岳・横岳・硫黄岳縦走で南八ヶ岳を堪能

はじめに

2/28(土)から3/1(日)にかけて、八ヶ岳南部稜線を赤岳から硫黄岳にかけて縦走してきた。

 

赤岳単体には去年12月に登ったことがあったものの、阿弥陀岳登頂を断念したこともあり、もっと八ヶ岳を楽しめるはずだという思いは渦巻いていた。

trthff.hatenablog.com

 

そこで今回は、赤岳を起点として急峻な稜線で知られる横岳を縦走、硫黄岳へ抜けることで雪山登山のステップアップと南八ヶ岳満喫の一石二鳥を目指したのだった。

 

春の陽気に包まれた絶好のコンディションの中、岩雪ミックスの複雑な稜線を歩く貴重な経験が積めた狙い通りの山行となったのでその様子をお届けする。

 

 

登山計画

登山口へのアクセスは例のごとく、通年で茅野駅から美濃戸口まで運行している路線バスをありがたく利用させてもらう。

www.city.chino.lg.jp

前回は行者小屋を起点として赤岳へ登ったが、硫黄岳まで周回する場合は赤岳鉱泉で一泊するのがルートとしては最適になる。そのため、行程は以下で決定。

  • 1日目:美濃戸口から北沢を経由して赤岳鉱泉へ移動、テント泊
  • 2日目:文三郎尾根から赤岳へ登頂、横岳・硫黄岳を縦走して赤岳鉱泉へ下りる。北沢経由で美濃戸口へ下山

ルート図

事前の天気予報や山行記録から、2月末とは思えないほどに気温が高く、また稜線の雪も消え始めて前回とは異なる状況になっている様子。刻々と移り変わる雪山のコンディションと、それに応じて変化する難易度にも注意しつつ出発だ。

 

山行録

2/28(土) 赤岳鉱泉でテント泊

当日朝の特急あずさで9時ごろに茅野駅へ到着。

相変わらず茅野駅バス停は登山者でいっぱい、美濃戸口行きに限らず北八ヶ岳ロープウェイ行きなども満遍なく大盛況だ。

大盛況のバス停

辛うじてバス乗客の全員が座る席の確保に成功、平和に美濃戸口まで移動した。

到着した八ヶ岳山荘では頼もしい日差し、そして心地よい暖かさ!

 

気温は10℃ほどもあり、林道にはまったく雪がないという状態。ここだけ切り取れば5月とも思えるような様相。

 

まあ、標高を上げていくにつれ雪が出てくるのだろう。たちのぼる杉の匂いに春を感じながら赤岳鉱泉へ向けて歩き始めた。

 

美濃戸山荘を過ぎ、北沢・南沢分岐を折れるあたりでようやく路面に雪が出てくる。正面に見える美濃戸中山は岩と雪が半々といった様子。

美濃戸山荘

気温は林道を通して5℃で安定、残る雪も解け始めてシャバシャバな路面が続く。

ただし、時折スケートリンクじみた凍結路面も出現する。アイゼンとは別にチェーンスパイクを持ち込むとこういう時に便利。

 

やがて林道は終わり道は登山道らしくなっていく。積雪も少しずつ増えだすが、道は確固としたトレースが刻まれ歩きやすい。

 

歩き続けること2時間、正午を回ってしばらくしたところで赤岳鉱泉に到着した。

赤岳鉱泉

 

名物のアイスキャンディは未だに健在の様子。山小屋にもアイスクライミング目的の人が大勢いるようだった。

 

さっそくテント場料金2000円を支払い、風を受けづらそうな林の中にテントを設営。

ペグを埋められる程度の積雪はあったので、テント固定にはペグ埋めを採用した。

テント設営完了

テント設営を終えても時刻は13時、まだまだ行動時間は残されている。

 

とりあえず赤岳鉱泉でインドカレーをいただく。カレーがなんと5種類あって選ぶのに迷った。

スパイスしっかりめでおいしい


腹ごしらえも終わったところで、空身で中山展望台へ寄って稜線の様子を眺めた。

中山展望台から

かなり雪が減り、岩稜が露出しているようだ。

特に起伏の多い横岳方面では大部分で雪が取れ、むしろ岩の面積の方が大きいほど。

大迫力

一方で阿弥陀岳・赤岳はまだまだ雪の付いた面の方が多い。稜線縦走は複雑な道のりになりそうだ。

阿弥陀岳(右) 赤岳(左)

 

明日の縦走に思いを馳せながらテントで眠りにつくのだった。

なお、気温は15時には0℃、深夜でも-5℃までしか下がらず。なんて快適。

 

 

3/1(日) 稜線縦走

翌朝は日の出のおよそ3時間前に合わせて3時に起床。朝食と荷物の準備を済ませて出発したのは4時になった。

雪は小屋周辺でも固く締まっているので、最初からアイゼンを装着。ピッケルも出してフル装備で歩き始める。

 

今回からヘッドライトの電池をパナソニックのエボルタに変えてみたが、体感でかなり持ちが良い。少々高くてもいいからできるだけ長く持続してほしい登山のような環境ではありがたい。

夜の行者小屋を通って

 

行者小屋を過ぎてからもしばらくは緩斜面の樹林帯が続くが、やがて文三郎尾根に沿って登り始めるあたりで樹林が途切れる。

 

明るくなる前で全然写真を撮れていないが、尾根ではそこそこの急斜面が続く。幸い雪は厚く積もって固く締まっており、その上に数多の先行者によるステップが付けられているため足場には事欠かない。地蔵尾根と比べると難易度は低めかも。

 

5時を過ぎたころ、文三郎尾根をクリアして赤岳・阿弥陀岳稜線に乗り上げた。ここから稜線を辿って赤岳登頂を目指す。

分岐

 

そして、ここからが岩雪ミックス赤岳の核心だった。

まず稜線は文三郎尾根と比較して圧倒的に雪が少ない。ところどころで岩や砂が露出している。

稜線の様子 雪が少ない

これだけならできるだけ雪にグリップを効かせつつ岩に乗るときのアイゼンワークに気を遣えばよい。

だが、次第に斜度が増して差し掛かったラストスパートの岩場、ここではアイスバーンと岩のミックスが出現した。わお見事に凍ってる。

凍結ミックス

氷の表面にきっちりアイゼンを食い込ませつつ慎重に登る。ピッケルはほぼ出番がなく、露出した岩々を両手でホールドして三点支持で登る場面が多かった。

岩にアイゼンの前爪を掛ける登り方も試しつつ、貴重な経験を積んで登頂!

日の出前の赤岳登頂

ちょうど空が赤らみ始め、いよいよ日の出が来ようかというタイミング。

 

八ヶ岳最高峰から見渡した稜線は、やはり黒と白が入り乱れた残雪期の様相であった。

西面は岩稜の目立つ崖であるため雪が顕著に少ない一方、比較的緩やかな東面にはそれなりに雪が残っているようだ。

全てが白く染まった12月末と違うこの景色も、これはこれでダイナミックで面白い。

北へ向かう稜線

権現岳 奥に南アルプス

諏訪湖は雲海に覆われ、その右奥にはきれいなドーム型の蓼科山。

 

風も弱く気温もそれほど低くない、長居しても問題ないコンディションでほっと一息つけたのだった。

 

さて、ここからは横岳を抜け、硫黄岳へ向けた縦走フェーズだ。

稜線歩きが始まる

赤岳から地蔵の頭、横岳との鞍部あたりにかけては道が満遍なく雪で覆われ、特に難しさはない。

そんな中で日の出が訪れる。

日の出

一気に明るくなる中を振り向くと、赤岳と阿弥陀岳の威容。いつ見ても威厳に満ちた二座で見惚れる。

 

さて、横岳の起伏豊かな稜線にさしかかると、いよいよ岩が道に顔を出し始める。

岩稜

特に鞍部から石尊峰にかけての区間は要注意だった。とはいえ、梯子や鎖は使えるのでホールドには困らない。

梯子も

梯子No2

トラバースから雪の斜面

岩峰を巻いて下りる

細いトラバース

石尊峰へ到着

石尊峰から奥ノ院にかけては一転、稜線は広く緩やかになり、道は雪で覆われた。

三叉峰

緩やかな稜線

三叉峰からは杣添(そまぞえ)尾根が東の裾野へ向けて伸びている。ちょうど尾根の正面に上がった朝日と合わせて気持ちの良い光景。

この尾根から横岳へ登頂する人も一定数いるようだ。

杣添尾根

振り返ると横岳西面の大迫力な起伏が一望できる。

 

そして横岳奥ノ院へ登頂。

 

雲海の間に諏訪湖が見え始め、春霞の向こうには御嶽・乗鞍岳・北アルプスもうっすらと姿を見せていた。

諏訪湖・御嶽(左)・乗鞍岳(中央)

北アルプス

行く先には北八ヶ岳の全景が現れる。特に硫黄岳のボリュームが大きい山容が存在感を放つ。

硫黄岳

西面を見下ろすと大同心・小同心が鬼の角のごとく突き出している。ここはクライミングルートとして親しまれているそうで、麓の大同心沢までの登山道にはトレースがついていた。

 

奥ノ院からの下り区間はこのルートの中で最後の要注意区間だった。急下降や細いトラバースを経て、ようやく硫黄岳へ向けた緩やかな稜線へ着地。

横岳を振り返る

 

あとは危険な区間はなく、硫黄岳をまったり登りながら景色を満喫するゆるゆるモードに切り替えた。

楽しく歩く

硫黄岳山荘を横目に

硫黄岳登頂

 

硫黄岳山頂部は広い丘なのだが、北東面は突如切れ落ちて断崖が現れる。硫黄岳名物の爆裂火口だ。

雪と崖面の見事なコントラストに舌を巻いた。

 

北には根石岳・天狗岳といった北八ヶ岳の峰が連なり、蓼科山で終点を迎える。

北八ヶ岳

 

緩やかさの中にも確かな個性を湛える北八ヶ岳の光景を味わいながら、赤岩の頭経由で下山に移った。

下山へ

明るい樹林を行く

9時半ちょうどに赤岳鉱泉へ帰還した。

ただいま赤岳鉱泉
アイスキャンディではクライミング中

 

帰りのバスは美濃戸口15:15発でまだまだ先なので、赤岳鉱泉でコーヒーとジェラートをいただいてまったり。

ジェラート

テントを撤収して赤岳鉱泉を11時半に出発、13時に八ヶ岳山荘へ到着。

 

八ヶ岳山荘恒例の日帰り入浴を利用しつつ、気になった揚げパンもいただいて帰還するのだった。挟んである餅が揚げパンの風味と合っていて新発見だった。

 

 

厳冬期唐松岳登山 in ベストコンディション

はじめに

ついに寒波が去り、列島に高気圧が訪れてくれるようになった。

ずっと悪天続きだった日本海側も晴れの予報、今こそ北アルプスへ登る絶好のタイミング!

というわけで2/13(金)に唐松岳へ登ってきた。狙い通り天候に恵まれた会心の山行ができたのでその様子をお届けする。

 

 

唐松岳とは

唐松岳北アルプス後立山連峰に属する標高2696mの山。

 

北からは白馬三山、南からは五竜岳鹿島槍ヶ岳に挟まれた後立山連峰の中間に位置し、西には立山連峰を望むことのできる展望のハブ的な存在だ。

東には八方尾根と呼ばれるゆるやかな尾根が白馬村に向かって伸び、登山道として用いられるとともにスキー場も設けられている。

 

山容は西からの季節風と降雪に由来する非対称山稜が特徴的。西面が緩やかな斜面なのと対照的に、東面は吹き溜まった雪による雪崩・雪食地形が発達し峻険となっている。

白馬村から見た後立山連峰が大迫力なのは、この激しく削られ切れ落ちた東面を見ているからともいえる。

 

登山計画

今回は八方尾根からのピストンで計画した。

八方尾根スキー場のゴンドラ・アルペンクワッドリフト・グラートクワッドリフトを乗り継げば八方池山荘からのスタートが可能で、日帰りが十分現実的になる。

ゴンドラの営業開始は8:00から。グラートクワッドの営業終了が15:20なので、営業開始すぐに出発して6時間程度で往復すればOK。

 

白馬八方までの移動には新宿-白馬の夜行バスを利用し、朝6時に到着→8時にゴンドラで出発という無駄のない行程が完成した。

 

当日のルート

 

山行録

賑わう白馬

バスに揺られて早朝の白馬八方バスターミナルに到着。

平日の金曜日ではあるのだが、外国人を中心として人が多く、やはり白馬は賑わいを見せている。

冷え込みもなかなかのもので、ゴンドラの運行開始時刻まではインフォメーションセンター内で暖を取りながら待機した。

 

7時半ごろ、ぼちぼち八方ゴンドラリフトへ移動。同じく運行開始を待つ登山者が十数人ほど列をなしていた。

 

八方アルペンライン往復券(大人4400円、ちょっと高め)を買ってゴンドラへ乗車。

 

ゴンドラ終点の兎平はややガス気味だが、八方尾根はここからも長い。リフトをさらに乗り継いで先へ。

アルペンクワッド

グラートクワッド

グラートクワッドに運ばれている最中にガスを抜け、青空が出現!

 

辿り着いたリフト終点、八方池山荘は風もそれほど強くないベストコンディションだった。

なだらかな尾根は満遍なく雪で覆われ、気持ちの良い景色が広がる。

八方尾根

さて、問題は雪の状態だ。雪がどれほど締まっているかで装備が変わってくるので、とりあえずツボ足で出発した。

 

8:40 八方池山荘出発

山荘を出発してすぐに上りが始まる。

 

尾根上は雪がよく締まっているらしく、歩いていても足が沈むようなことはほとんどなく、むしろグリップが欲しい雪質だった。

というわけでアイゼンを装備。念のため持ち込んでいたスノーシューだが今回は出番なし。

よく締まった雪

 

登山集団の先頭に出てテンポを上げていくと、さっそく五竜岳鹿島槍ヶ岳が間近でお出迎えしてくれた。

五竜岳(中央) 鹿島槍ヶ岳(左)

五竜岳はどっしりとした堅固な山容が威厳を放ち、鹿島槍ヶ岳は左右対称の双耳峰がチャーミング。名コンビの二座は雪を纏ってさらに魅力を増している。

 

そして、右には白馬三山!右から白馬岳・杓子岳・白馬鑓ヶ岳が仲良く連なっている。青空を背景に白さが際立つ。

白馬三山

 

ここ八方尾根は立派なケルンが複数あることも特徴で、雪面の中で目立つ石塔たちは道を誤っていない安心感を与えてくれる。

八方山ケルン

息(やすむ)ケルン

八方ケルン

雪がやや深くなっている吹き溜まりには風紋が形成されている。足が沈むしんどさと引き換えに得る美しさだ。

ズボる箇所は時折出現するが、スノーシューが必要なほどではない。

 

振り返った尾根は雲海に沈む。

 

八方池ケルン。右下方にあるはずの八方池は雪に埋まっていた



目指す稜線も次第に間近になってくる。この激しく上下する痩せ尾根が不帰ノ嶮(かえらずのけん)。不穏な名前が付けられることも納得の険しさだ。

 

遠目にはケルンにしか見えない木の根

 

10:05 丸山ケルン

最後の主要なケルンである丸山ケルンを超えると、いよいよ稜線へ向かうラストスパート。上りは本格化して尾根は次第に細くなっていく。

 

五竜岳はより近くで迫力を放ち、鹿島槍ヶ岳はその後ろに隠れる形に。

五竜岳、東には遠見尾根が長く伸びる

正面には目指す唐松岳のピラミダルな山容が見え始める。

このあたりで下山組と何度かすれ違う。八方池山荘で前泊した早朝出発組だろうか。

唐松岳

 

尾根が細くなるのと同時に風も強まってくる。体感では10m台前半といったところだが、冬の北アルプスではマシな部類。行動に支障はない。

ストックを装備しつつ、時折耐風姿勢をとりながら慎重に歩みを進めた。

 

強まる風と痩せ尾根


最後に急傾斜のトラバースをクリアし、ようやく稜線へ乗り上げた。

 

そこで見えた唐松岳のなんと美しいこと!

唐松岳

八方尾根からはピラミダルに見えた山容が、稜線に沿って眺めると一転。東に切れ落ちた見事な非対称山稜が現れた。波打つように形成された雪庇がさらに躍動感をもたらしている。

ずっと見ていたくなるような鮮烈さだが、風が強く長居はできない。休憩もそこそこに山頂へ向かった。

 

山頂へ連なる稜線はさほど険しくはなく、ここまでと変わらない調子で登っていける。ただし、雪庇には近づかないように注意。

そして登頂!

 

11:00 唐松岳登頂


山頂は広々としており、障害物が何もない吹き曝し。展望が良い代わりに強風が絶え間なく吹き付け、ガスに包まれては晴れるのを交互に繰り返していた。

 

そんな中で西を見やると、立山連峰のラスボス、剱岳が!

剱岳

岩と氷の殿堂は一目見ただけでそれと分かる存在感を放ち、この角度からだと左に立つ立山三山よりも抜きんでて高く見える。

 

立山連峰

立山を越えた先も展望が続いていて、はっきりと山座を判別はできないが薬師岳ぐらいまでは見えているのではないかと思われた。

 

南には唐松岳頂上山荘と、ここまで登ってきた八方尾根。

 

北には不帰キレットを越えた先に白馬三山。

 

山頂パノラマ

荘厳な白銀の世界が視界いっぱいに広がる山頂。晴れの日に登頂することができて本当に良かった。

景色を思い出に刻んで下山に移った。

 

下山は白馬村やその向こうに広がる妙高・戸隠連山を見ながらの晴れやかな行程となった。

下山の景色もまた美しい

 

妙高・戸隠

 

13:20 八方池山荘下山完了

ラッセルがほとんど必要なかったおかげでタイムは上々。余裕を持って山行を完了できた。

八方の湯で温泉を楽しんだ後、悠々とバスで東京に帰還するのだった。ちなみに露天風呂から白馬三山が見えて最高だった。

 

振り返り

インソールは上々

最近は雪山登山靴を履いていると左くるぶしが痛くなることが多かった。靴は替えていないので、かかとが外向きになったのかも。

生活姿勢やランニングフォームの見直しは必要そうだが、当面の対策としてインソールを純正のものから取り替えてみた。

シダスのアウトドア3Dというかかとのサポート強めなモデル。

sidas.co.jp

結果は上々、痛みを生じずにやり抜くことができた。これで雪山にも不安なく臨めそう。

 

ゴーグル欲しい

今までは雪山登山もサングラスでどうにかしていたが、強風下では雪と呼吸による曇りで視界がぐっちゃぐちゃになる。さすがにゴーグルを買おう...

愛鷹山、越前岳で歩荷トレ

はじめに

今季2度目の寒波が到来し、週末はあいにく冬型の気圧配置が続いている。

影響を受けにくい八ヶ岳に関しても激しい強風の予報、雪山は控えた方がよさそうだ。

 

というわけで1/31(土)、晴れの予報となっている富士山のお膝元、愛鷹山へ日帰りで登ってきたのでその様子を記録する。

ルートや標高差は楽なので、ついでに20kgのウェイトをザックに投入。富士山見物のついでに負荷を上げて歩荷トレだ。

 

 

愛鷹山とは

愛鷹山(あしたかやま)は富士山の南隣、駿河湾に面した位置に鎮座する火山。

富士山よりも昔の火山活動で形成された古い火山で、北部が後に形成された富士山の裾野に取り込まれている。

 

最高峰の越前岳(1504m)、位牌岳(1458m)をはじめとした複数のピークで構成されており、愛鷹山はこの火山全体を指す総称であると同時に、山域南部の1187mピークを指す固有名詞でもある。

 

愛と書いて「あし」と読むのはなかなか独特な山名だが、どうやら古くは足高山と表記されたことからその読みが来ているそう(山と高原地図Webより)。

ネットで軽く調べていると、愛鷹という漢字は鷹狩りを好んだ徳川家康が充てたとの説を目にするが、真偽のほどはわからない。

 

 

さて、愛鷹山登山にあたっては北部に登るか、南部に登るかの選択が必要になる。南北をつなぐ越前岳ー位牌岳の稜線が峻険につき通行禁止となっているためだ。

今回は最高峰の越前岳に登りたかったので北部を選択。御殿場駅から発着する富士急行バスを利用して、愛鷹山登山口バス停から出発、十里木バス停へ下山するルートを取った。

ルート図

 

山行録

愛鷹山登山口へ

朝は5時ごろに起床、新宿ー御殿場の高速バスと御殿場ー愛鷹山登山口の路線バスを乗り継いで登山口へ。

御殿場駅は乙女口・富士山口の両側にバス乗り場があることを把握しておらず、8:30の路線バスを逃す。幸い本数は多く、9:00の便に乗ることで遅れを30分に抑えることができた。

難儀な御殿場駅

到着した愛鷹山登山口

9:30 登山開始

登山口からしばらくは、杉林を貫く舗装道でのウォーミングアップとなる。

杉林は間伐が行き届いてよく管理されているようで、木々の間から適度に日が差し込んで明るい。

 

この林は昭和中ごろの植林に端を発するものらしいが、尾根には天然の杉がある程度保存されているとのこと。

 

山神社の鳥居をくぐって本格的に登山道が始まった。

 

舗装道が途切れてからもしばらくは杉林が続いたが、黒岳・越前岳を結ぶ尾根に乗るあたりで広葉樹林に切り替わる。

しばらくは杉林

葉の落ちた広葉樹林

道中であしたか山荘を通過。山荘といいつつ無人の避難小屋で、かなり古びている様子。トイレの痕跡もあったが現在は内部が取り壊されている。

あしたか山荘

小キジという表現は初めて見た

あしたか山荘を通過した直後に富士見峠へ到着、ここからは東西に伸びる尾根を東にたどり、黒岳へ寄り道する。

 

黒岳は標高1068mと低めなこともあり、明るい尾根を歩いているとあっという間。

10:30 黒岳

わずかに雪がある

富士山は雲に包まれ

本来、黒岳は富士山の絶好の展望台のはずなのだが、今回はあいにくながら富士山が雲に包まれ、全容は見えず。残念!

それでも裾野の圧倒的な巨大さは伝わってくるのは、愛鷹山の近さならではだろう。

 

雲は厚くたれこめているので、今日は富士山頂を拝むことは望めなさそうだ。気を切り替え、山歩きを楽しむべく越前岳へ向かった。

 

前岳へは500mほどの登りを要し、その中で岩がちなやせた尾根も通過するので気を抜かずに歩く。特に今回はウェイトを背負っているので、バランスを崩して振り回されるのは厳禁。

 

道中で南への展望が開け、鋸岳の急峻な稜線が姿を現す。なるほど、これは通行禁止になるわけだ...

鋸岳

鋸の名にふさわしい稜線

途中からは積雪で登山道が染まってくるが、雪深くもないし凍結してもいないのでチェーンスパイクも不要。冬でも気楽に登れる太平洋側の山、ありがたい。

 

そして越前岳へ登頂。

 

11:40 越前岳

前岳山頂

山頂は駿河湾に向けて開けた空間となっており、十里木から登ってきたのだろう多くの人が休憩していた。

富士山こそ全貌が見えなかったものの、富士市街や駿河湾伊豆半島を山頂から見渡すことができ気分が良かった。

駿河湾富士市

伊豆半島

 

歩荷も順調、道のりも楽しく収穫は十分。駿河湾と富士山に挟まれた愛鷹山の唯一無二の立ち位置を実感したところで下山に移った。

 

前岳から十里木へ向けた下山路は尾根を一直線に下りる単純明快なもの。必然的に視界は北へ向けて開けることになるので、下山中は常に富士山が視界に入っていた。

山頂が見えないだけに、必然的に注意は裾野へ向く。ゴルフ場を始めとして多様な土地利用がされている。裾野が広すぎるのでそれを放り出しておくのはもったいないという気持ちはわかる。

裾野が目立つ富士山

 

少し左に目をやると、そちらには奇跡的に雲をかぶらず南アルプスが見えていた。

山容からして南アルプス南部の山っぽく見える。聖岳赤石岳荒川岳あたりだろうか...

南アルプス

 

 

平坦地
身も蓋もない地名だあ

 

傾斜が緩くなってきたあたりでススキ野が現れた。

畔ヶ丸から山中湖へ向けて歩いた際にも思ったことだが、富士の裾野はススキが印象的だ。広くおおらかな斜面で、風になびく黄金色の穂を見ながら歩くのはなんとも爽やかな体験で好ましい。

 

展望台からさらに間近な富士山も眺めつつ、十里木へ下山完了した。

 

12:50 十里木下山完了

下山口すぐ近くに十里木高原バス停があるが、どうやらここには御殿場行きのバスは停まらなさそう。東に500mほど歩いた十里木バス停に移動する必要があったのでそこは要注意だ。

 

何はともあれ無事に下山、御殿場駅でちょっと遅い昼ご飯をいただきつつ東京へ帰還するのだった。