思念の滝壺

山に登る。

バイトについて思うこと

 飲食バイトを始めて約半年が立ったのだが、そろそろやめることを考えている。店長にはもう三週間後のシフトで最後にすることを伝えてあり、社会人として円満退職のために必要な最低限は済ませてきた。そろそろちょっと感傷的になってきたので、バイトについてここに記したい。

 

 そもそも、理工系で将来は研究でもやろうかと思っている人間がなぜ飲食の、しかも接客のバイトを始めたのかといえばだ。人に接するスキルというのは、将来の職業などにかかわらず人生を有意義にするために必要なものだと思ったからだ。

 人に接するスキルといっても、人との言葉の受け答えに困難を覚えるほど壊滅的なコミュニケーションスキルを持っているわけではないという自覚はある。そうではなくて、接客の仕事特有の魅力ある笑顔が体得できれば「相手に好印象を与える」ことができ、「有意義な機会がより多く訪れる」ことにつながるのではないかという期待で始めたのだ。いつのまにかまるで感情が顔に出ない体質になっていたしね。仕事で強引に表情を作るよう矯正するのは結構合理的な気がする。

 また、単純に社会経験を積むというのもあった。いつも何気なく訪れるファミレスの裏側はどうなっているのか知ること、仲間や雇用主とかかわり、客と接しながら店の運営を支え、労働条件を交渉すること。こういったことの一つ一つを自分の血肉にし、1cmでも深みのある人間になりたいと思った。

 時給は、さすがは都内のそこそこ良いファミレス。故郷(ど田舎)のちょっとした正社員求人並みの額で意外と稼げた。収入そのものは副次的な目標なのでそれほど気にしてはいなかったが、おかげさまでPS4と高スぺラップトップを買えたし、細かい節約に決断力を割くことがなくなった。

 

 いざ始めてみたら、まず従業員がいろんなバックグラウンドを持っていて面白かった(身バレ嫌なのではっきり言いません)。仕事が仕事だけにフリーターとしてこれで生計を立てている人が多いが、その一方で追い続けている夢のために収入源としてこの仕事をしている人が多かったのだ。

 しかもそういう人はこちらの仕事にも妥協がない。私に教える時も、教えることの一つ一つが客と店の運営、従業員のすべてを考慮した明確な根拠に基づいていた。ミスに対して、感情的に怒ることがなかった。教わっていなかったことについてのミスは、むしろ謝られた。出来るようになったことを、適切に評価する言葉をかけてくれた。このような理想的な教え方をしていただいたことについて、本当に感謝している。(割と早く私がバイトをやめてしまうからといって教え方が酷かったのではない。単に自分勝手で個人的な都合)「飲食はブラック」という、巷に流れる固定観念を信じ込んでいた私は、例外もあるのだと気づくのと同時に、ホワイトな職場に偶然一発目で入れた自分ラッキーとか思っていた。また、比較的薄給で多忙な性質上荒みやすい中、互いに励ましの言葉を掛け合って日々問題点を改善していく先輩方の強さを感じた。自分からほとんど仕掛けない私にも話しかけ、いじるきっかけを作る、あだ名をつける(小中高でほとんどつけられたことがなかった)と、コミュニケーションに関して非常にしたたかな人がそろっていた。さすが接客業。

 ただ別の面、労働条件についてはやはり飲食ならば逃れられない闇を感じた。一日11時間(12:00~23:00)などというシフトが平気で入るのだ。普通の会社の普通な労働時間は8時間じゃないのか・・・ それに私は5~6時間のシフトを希望しているのだ。シフトリーダーもそれを知ったうえで、なるべくかなえてあげたいと思いながらも、仕方なく11時間ぶち込んだりしてきたらしい。一日を完全にバイトのために拘束されるというのは、自分の時間は自由に使いたいという思想を持っている私には苦痛だ。しかも単純に集中力が続かない。正直バイトをやめる理由のなかでもかなり大きい一つだった。

 客層は意外とましだった。礼儀正しくごちそうさまでしたとか言ってくれる人が多くて驚いた。もちろん、ナプキンを細かく破いて机に置いていく輩やパンフレットを机に置いていく輩(レストランはゴミ箱じゃない!)や怪しいもの(ヤクじゃね?)を机に置いていく輩などちょっと琴線を刺激してくる連中はいたものの、全体的にはあまり気にならなかった。店の格も影響していたのだろう。

 

 このようにいろいろ面白い経験をしてきたバイトだが、やめるに至った理由としては

、学べる事はほとんど学びつくしたということがある。仕事は接客に関することは99%覚え、得られる経験はほとんど得たから、これからこの仕事を続けるとしても、それはただ、労働を店に提供する代わりに報酬を受け取るだけの契約に成り下がる。これは私の望みではない。今が消費した時間に対して得られる経験がピークの時期なのだ。

 店の人に引き留められても心変わりしない理由はここにある。目標は学び、経験であって稼ぐことではない。ゆえに小遣い稼ぎでまた戻ってくるということもない。そもそも収入なら採点バイトのほうが上。

 あと、同年代の人がほとんどいない。大学生となるともっといない。フロントの男性がなぜかとても多いというのは恵まれているが、大学生という同じ土俵の上で話題、価値観を共有しあえる人がいないのはやっぱりちょっときつい。特に私は自分とバックグラウンドが違う人とのコミュニケーションが下手だから。(興味がわかないのかもしれない)

 最後に、自分がいるべき場所はここではないという感覚が付きまとうようになったことがある。仕事をしている時間に、この時間で勉強ができればどれだけのことを学べるのかと虚しい思いに浸ったことはままある。経験のために自分の性質と真逆の仕事を始めたのはいいが、なればこそもう潮時なのだ。そろそろ自分の進むべき真の道、学問と研究、開発の道へと進路を戻す時が来たのだという思いがあり、今回の決断に至ったのだった。