思念の滝壺

山に登る。

奥穂高岳登山録~憧憬の槍は彼方~

9/21-9/22にかけて、北アルプス前穂高岳-奥穂高岳-涸沢岳を登ってきた。

当初は槍ヶ岳まで行く予定だったが断念、途中でエスケープルートを選択するに至った。そのことも含めて記録を残す。

 

 

山行録

9/20に夜行バスに乗車、隣の席には残念ながら後に予約したらしい人が座ってリラックスはできず。

9/21

5:50 出発

上高地BTに到着、河童橋を渡ってさっそく岳沢登山道を辿り始める。天気はもうもうと霧の立ち込める曇り模様、そんな中湿原の木道や林の石段を元気に進む。ここまではありふれた登山道、でもここは北アルプス、険しさを増していくであろう行く先にワクワクは増すばかり。

河童橋。山行の出発点には乙な橋があることが多い気がしてきた。

幅広で浅めの梓川

湿地帯然とした風景。高地でもこんな感じになりうるのか

沢登山道の序盤。シンプルに石段が連なる

しばらく進んでいくと植生が無く岩ばかりの開けた沢に出る。地図で「天然クーラー」って表記されていた場所を見逃してしまったんだけどこの辺にあったのだろうか。

7:44 岳沢小屋

ここまでは傾斜も緩く楽な道のりだったけれど、地図からも察せられていた通りここから本格的に険しい道のりが始まる。その名も重太郎新道!

岩で構成された急斜面が基本で、浮石に注意する必要があり、そこにおまけのごとく鎖場や長めの梯子が挟まってくる気の抜けない道で、これまで経験した中では間違いなくトップに過酷だった。特に梯子は初めての経験だったのでヒヤヒヤ。下を見れねえ。

この時点ではまだ周辺にガスがかかっている。
9:56 紀美子平

そんな過酷な重太郎新道を抜け、いよいよ前穂高岳と吊尾根トラバース道との分岐点に辿り着く。このくらいからガスが晴れ始め、周囲の山容が明瞭に見え始める。ここでしか見れない圧倒的な威容に感嘆、と同時に見通しが良すぎることで高度感への恐怖が増す!

まだまだ時間に余裕があるので、前穂高山頂に寄っておくことに決定。往復することになるので(前穂高から直接奥穂高への尾根を辿るのは非推奨)荷物をデポしようかとも考えたけど、サブザックやウェストポーチの類を持っていないし体力には余裕があるのでそのまま向かう。

「切れ落ちる」という表現がこれほど正しい尾根もない

これ、偶然奥に槍ヶ岳が写ってる

確か東向きに撮った写真のはず

いくぞ前穂高

10:37 前穂高山頂

紀美子平から前穂高山頂までの道のりは想像以上に長かった。ここは行きのコースタイム30分となっているけれど、正直その値は少し過小評価では?と思うなど。40分でもよさそう。ただ、難易度自体は重太郎新道とそれほど異ならず、三点支持を意識して岩を丁寧に登っていくだけで問題なく踏破できた。

山頂では、北側の登山道でない峰々からロッククライミングしてくる女性陣を見てあんぐりする。それをしようとする度胸も、実現する技術もすごいや、自分では一生しようと思わないが・・・

穂高山頂。空間が広くてとってもくつろげる。

11:19 紀美子平帰還

来た道を戻って紀美子平へリターン、そこからいよいよ国内第三高峰の奥穂高岳へ向かって歩みを再開する。前穂高と奥穂高を結ぶ吊尾根を、最初はトラバース気味に、のちに稜線に出て山頂まで登り切るルートだ。トラバースの間は谷側が相当に落ち込んでいて道も細く、常に気は抜けない。尾根に出てからも鎖があったりと安定の険しさである。

途中で二度ほどペンキマークを見失う問題がありつつも(反省点を後述)、次第に尾根の幅が広くなり、ついに高みへ到達する。

13:00 奥穂高山頂

ちょうど空が完全に晴れた最高のタイミングで山頂に到達!西を見るとジャンダルムが、北を見ると槍ヶ岳まで、さらにその奥まではっきりと見通せる、本当に素晴らしい景色だった。心底道の険しさに見合う光景だし、これに魅せられて生涯を賭ける人々がいるのも理解できる。

ここまでも道のりを共にしてきた単独行の方と語らいながらしばし絶景に見入る。オコジョがちょろっと見えて和むなど。

穂高山頂。方位盤もあったけど、やっぱり写したいのはこっち

槍ヶ岳まで尾根を一直線に見渡せる!左が涸沢岳、右奥が北穂高岳

丸く出っ張っているジャンダルム。ここを登る人もいる...


穂高までの道。ここは尾根が広い
13:30 行動再開

ここから穂高岳山荘まで下っていく。当初は緩やかな道だったので消化試合かと思いきや、突然梯子鎖が連続する急斜面が出現。最後まで気は抜けないのだった。特に梯子が2連続する地点では、2つの梯子の中間地点に人が2人入れる空間が無く、すれ違いには気を遣う必要がありそうだった。

山荘手前で容赦なく襲い掛かった崖。

眼前の穂高岳山荘と涸沢岳
14:11 穂高岳山荘

体力にも時間にも天候にも余裕があったが、宿泊予約をしているので今日の行動はここで終わり。山小屋が完全予約制になってしまったこのご時世ならではの問題で、当日柔軟に日程を変えられない。つらい。

 

山荘はこんな過酷な場所にありながら設備が整っていて、夕食も朝食もしっかりおいしかった。大根にしっかり出汁が効いているところとかサバに生臭さがまったくないところとか、些細なようでいてすごく気を遣っている感じがありがたかった。

9/22

この日、当初の予定であれば槍ヶ岳までの縦走に挑戦するつもりだったのだが、昨日の天気予報で天候が安定せず午後から雨が降り出すとされていたことが不安要素となっていた。

そして朝起きてみると、コンディションは濃霧+強風。ただでさえ相当の注意を要するとされている涸沢岳-南岳の稜線、初めての自分がこの悪条件で踏破するのはあまり現実的でないということから、槍ヶ岳山荘での宿泊をキャンセルして下山することに決定した。決断の理由をもう少し詳細に列挙すると、

  • 現時点で濃霧+強風で悪条件かつ、改善するのを待っていたら予報に基づくといよいよ雨が降り出してしまう。
  • 全日、奥穂高まで登る過程でそこそこ険しさに圧倒され、高度感があるとされる大キレットへの気後れが生じていた。
  • 生きて帰ることが全て。今回特に感じたけど、登山は自分の命を賭けないためにあらゆる手を尽くすものだと思う。そのためであればいくら慎重になってもいい。生きてりゃまた挑戦する機会もある。

ということで、とりあえず短時間で到達できる涸沢岳のピークを踏みつつ、天候の最終確認をしてから下山することにした。前日遥か彼方に見えた槍ヶ岳には遠く及ばず、今度登ってやるからな!と未練を吐きつつそれ以上の執着は捨てたのだった。

6:35 涸沢岳へ出発
7:05 穂高岳山荘へいったん帰還

猛烈な強風だった。雨こそ降っていないけれど、濃霧が風で吹き付けるとレインウェアはたちまち濡れ始めこれでは雨と同じようなものだって感じ。涸沢岳までは特に難所もなく、かつ時間も多くは要さなかったので行けたが、その先待ち構えているであろう涸沢槍からの下りや大キレットはこのコンディションで行くものではないだろうと感じ、己の決定を改めて正当化する。

かろうじて山頂の写真を撮りつつ、通ってきた道を丁寧にたどって穂高岳山荘まで戻るのだった。悪条件の稜線を歩く初めての体験ということでまた一つ経験値が上がった。

強風で手がぶれる中かろうじて写した涸沢岳山頂。

酷いコンディションに気が滅入る中、涸沢岳で目に入った印象的なメッセージ。

エスケープルートとしては、穂高岳山荘もしくは北穂高岳から涸沢まで下りるルートを想定していたので、北穂高まで行くのもままならない現状、穂高岳山荘からザイテングラートをたどって涸沢小屋まで下りるルートを採用する。酷いのは西風なので、東側の涸沢方面であれば風はずっとましになる。

7:15 穂高岳山荘から下山開始

ザイテングラートはユニークで面白いルートだった。涸沢全体は氷河侵食で形成されたカールになっているわけだが、その中を細長く出っ張った岩場が尾根までずっと伸びている。その岩場を辿って延々と下りていく。斜度こそかなりのものだが、踏み外したら危険という箇所や高度感を感じてすくみやすい箇所は少なく、重太郎新道よりもずっと楽なルートだなと感じた。涸沢を拠点にして奥穂高や北穂高に登るやり方があるとは聞くが、確かに合理的。

ザイテングラートから見下ろす涸沢ヒュッテ。ガス気味

見通しが良くなる

雪渓が残る涸沢カール。きれいな侵食跡
8:35 涸沢小屋

この辺で小雨が降り出す。やっぱり天候は悪くなってくるよなあ。温かい紅茶花伝の缶を買って心底癒される。ここからは距離の長い緩やかな下りがひたすらに続いていくことになる。

10:50 横尾山荘

ここで邪念が胸をよぎる。なんせここは槍ヶ岳への途上。今日は槍沢ロッジまで行き、明日は槍ヶ岳山頂まで行きつつ再び槍沢ロッジで宿泊すれば槍ヶ岳チャレンジも完遂できるのでは?と思って少し調べを入れる。結局当日予約しつつ次の日も泊まりたいというのは迷惑がかかるだろうという思いと予定を無理に捻じ曲げてしまうことのリスクを鑑みて今回はおとなしく撤退することにした。電話で泊まれるか確認ぐらいはしてもよかったかなー。

11:17 横尾山荘出発
12:10 徳沢

ソフトクリームとコーヒーをいただく。ソフトクリームは安定のおいしさだったが、コーヒーは酸味が強くて香りもいまいち。山で美味しいコーヒーが飲みたいという希望は己の手で叶えるしかないのか

12:28 徳沢出発

ほぼ平坦な林道をひたすら歩くので単調になりがちだが、途中でサルの集団を見つける。親が子に毛繕いをしていたり林の木を飛び回って遊んでいたりとほっこりする光景だった。人間と生息域が被っていないから平和でいい。

毛繕ing
14:04 上高地バスターミナル到着

バスまで時間があったのでインフォメーションセンターで入浴できる場所を聞く。この時間だと小梨平で入浴できるらしいとのことで、道を少し逆行した。山行の後の風呂はこのうえなく甘美だった。

16:00ごろ 高速バスで帰還

コースタイム

2日目はバスまで時間がありすぎてありとあらゆる休憩地点でゆったりしていったので1日目だけ計算しておく。

  • 1日目、穂高岳山荘まで、奥穂高山頂での30分休憩&雑談を除いて7時間51分。標準コースタイムは8時間40分。速度にして1.10倍。途中から意気投合した人とゆっくり歩いていたにしろ、やっぱり前穂高山頂までの道はコースタイム詐称ではないか。

反省点

  • 穂高-奥穂高の吊尾根において、2回ペンキの道標を見失う事態があった。
    • 一度目はトラバース中、いつのまにか本来の登山道の一段下を歩いてしまっていた。道の心もとなさを疑問に思って上を見上げるとペンキマークを発見。幸い登り返すのは容易だったので合流して事なきを得た。
    • 二度目は本格的な岩稜の中、勘違いして登りすぎた。他の登山者の方に気付かせてもらい、巻いて本来の登山道に合流できた。ちなみにこの人は一日で全穂高ピークを踏破しようとしている鉄人だった。超速かった。
    • 白ペンキによる道標はこういった高山で何より大事な目印になる。最重要
    • 今のところ、体力や技術に関する部分に心配は少ないが、ルートファインディングに難がある。冷静な俯瞰を常に心掛ける必要がある。
  • 天気が安定しなくなってくる9月後半において、奥穂高-槍の良好なコンディションでないと厳しい稜線ルートを1日で踏破する予定を立てるのは無謀だったかもしれない。
    • コースタイムよりずっと速く動けるのは低標高域で、高度が上がってきて低酸素+道の険しさにより足運びが制限されてくるほど活動時間はコースタイムと同等にまで近づいてくることが分かった。特に3000m級の縦走区間であれば標準コースタイムベースで計画を立てるのが現実的
    • これが8月ならまだ合理性があった。

持ち物・飲食物関連

  • 指ぬきの手袋はベストだった。手を保護する目的は果たしつつ、スマホの操作や細かい動作を邪魔しない。一桁程度の気温なら手がかじかむのを防ぐのにも十分だった。
  • 3L持って行った水分は、1Lほど余して穂高岳山荘まで登り切った。保険まで含めるとちょうどよい携行量だったと思う。
  • 板チョコが精神的にもエネルギー量的にも素晴らしかった。真夏だと溶けやすいのでこの時期の特権かもしれない

総括

日本最高クラスに険しい登山道を体験しつつ、最高の見晴しで山々を見渡すことのできる実りの多い山行だった!翌日は天気に恵まれず縦走を中断することになったが、天気が安定しない9月後半に入っていた以上仕方のないところだと思われる。次は8月、夏山最盛期のシーズンにまた北アルプスにチャレンジしたい。槍ヶ岳表銀座ルートとか楽しそう。

 

今年は秋を迎えるので3000m級はこれでお終いか。紅葉シーズンに丹沢山雲取山に行ってみたいところ。